本記事は、MVMNT運営元 Loftworkの公式ウェブサイトより転載しています。
元の記事URL: https://loftwork.com/jp/project/newview-artist-collaboration
ゲーム業界やエンタメ業界などを中心に広がりはじめた「XR*」。
多様な領域に浸透しつつあるXRではありますが、2010年代後半はまだ音楽やファッションといったカルチャーとは親和性がそこまで高くはありませんでした。
XRクリエイティブプラットフォーム「STYLY」を開発・提供する、株式会社Psychic VR Labは、株式会社パルコ、ロフトワークとともに、ファッション、音楽、映像、グラフィックなど現代のカルチャーを体現する人々が集まり、3次元空間での新たなクリエイティブ表現と体験のデザインを開拓する実験的プロジェクト、「NEWVIEW」を2018年に始動。
コンセプトは、「超体験をデザインせよ」。
※XR(クロスリアリティ)・・・VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)、SR(代替現実)など、現実世界と仮想世界を融合して、現実にはない新しい知覚体験をつくり出す技術の総称。
本プロジェクトでは、参加するアーティストやクリエイターが、「NEWVIEW SCHOOL」や「NEWVIEW CYPHER」などの取り組みを通じてARやVRにおける体験設計と作品表現について学び合いながら、領域を横断した多様な表現者たちと交流し、実際に作品を制作・発表しています。
では、NEWVIEWがアーティストにもたらしたもの、そしてアーティストとともに創ってきた文化とは、一体どのようなものなのか?
その答えを探るため、プロジェクトと関わりの深い、JACKSON kakiさんにインタビュー。当初は「NEWVIEW SCHOOL 」1期生のインターンとしてプロジェクトに参画し、アーティスト同士が共創する「NEWVIEW CYPHER」、フィジカルとバーチャルが溶け合うXRエンターテインメント「NEWVIEW FEST」など幅広く関わり、プロジェクトの発展と共に活躍の場を広げていったアーティストです。
もともとバンドやDJなど音楽活動をしていたkakiさんは、2017年以降にVRに関心を持ち、現在はビデオ、ゲーム、インスタレーション、サウンドアート、DJなど、VR表現で様々なメディアの作品を制作しています。
JACKSON kakiさんがXR Artistとして参加した作品「MONDO GROSSO / IN THIS WORLD feat. 坂本龍一 [Vocal : 満島ひかり] (Extended) XR DJ LIVE @NEWVIEW DOMMUNE 」
SCHOOLの運営に携わってきた、バイスFabCafe Tokyoマネージャー 岩倉 慧、そしてCYPHERの運営を担当してきた、バイスMVMNTマネージャー 室 諭志と共に、JACKSON kakiさんのストーリーを紐解いていくと、NEWVIEWはアーティストやクリエイターと共にXRができる表現の可能性を探索し、彼らと共に、これまでXRと融合してこなかったカルチャーシーンに新たな体験をもたらしていることが見えてきました。
取材・執筆:小山内 彩希
撮影:村上 大輔
取材・編集:くいしん
エイフェックス・ツインに洗脳されて、XRをやりたくなりました(笑)
── JACKSON kakiさんがNEWVIEWに関わるようになったのは、プロジェクトの取り組みのひとつであるNEWVIEW SCHOOLにインターン生として関わり始めたことからなんですよね。 SCHOOLに関心を持ったきっかけはなんだったのでしょうか。
JACKSON kaki(以下、kaki) 2019年の大学4年生の頃に、就活で広告代理店や制作会社のクリエイティブ職を受けていたんですけど、うまくいっていおらず。美大ではなく総合大学に通っていたので、手に職をつけないといけないと思っていました。その年の夏頃に、NEWVIEW SCHOOLのプログラムを知って興味を持ったのが、NEWVIEWプロジェクトに参加するようになったきっかけです。
── それまでXRに関心はありましたか?
kaki VRに興味がありましたね。きっかけは、2017年にフジロックでエイフェックス・ツインのライブを見て、アーティストやDJの後ろに流れる映像を表現するVJに興味を持ったことから。
僕はずっと音楽をやっていて、音楽活動の中で、バンドのジャケットや働いていたライブハウスのイベントフライヤーなどを、Illustratorを使ってつくっていました。その延長線上に、3DCGをつくってみたい、という気持ちもあった。
それが、エイフェックス・ツインのライブを見たことで、自分の中で「これだ!」と明確に映像表現へと興味が切り替わって。それまではVJとして映像表現を見ていても、正直あまり心が動かされなかったんですけど、大雨のフジロックでエイフェックスのブレイクコアとノイズと、理解の及ばない映像を浴びて、完全に洗脳されてしまいました(笑)。
そこから、「エイフェックス・ツインみたいな映像表現をVRでつくれたら、ヤバいんじゃないか?」という気持ちになって、NEWVIEW SCHOOLに参加したという経緯です。
ペストマスクもオシロスコープもVR!? SCHOOLが問い直した「体験デザインとしてのXR」
── 映像表現がVRへの関心につながり、NEWVIEW SCHOOLのドアを叩いたkakiさん。そこからどうやって知識や技術を獲得していったのでしょう?
室 kakiくんは、NEWVIEW SCHOOLの初年度のインターン生だったんです。僕はSCHOOLの立ち上げから関わっていて、京都校を担当していたので、kakiくんとはオンラインで交流していました。kakiくんの中間発表や卒業制作なども追っていて。
kaki 卒業制作の段階では、VR/ARコンテンツを作成できるデザインプラットフォームのSTYLYや、3Dのゲームを作成することができるUnityを扱いきれなくて、挫折の中で制作した記憶があります(笑)。
室 初年度はそもそもXRのプレイヤーが全然いなかったから、NEWVIEWの中でも先行事例がなくて、ほぼ全員が「初めてUnityやSTYLYを触りました」という状態。僕もkakiくんと同じように、授業を通してARやVRの成り立ちから学んでいきました。
kaki たとえば、ペスト菌が流行したときにつけていた鳥のくちばしみたいなマスクも、現実世界と切り離す手段として「VR的なもの」だし、映画より以前に発明されたオシロスコープも映画のような没入体験をつくったVR的なものじゃないか?といった授業が印象的でした。
室 うんうん。VRはヘッドマウントディスプレイで仮想現実を体験するものと捉えられているけれど、歴史を遡ると、実は昔からアナログの仕組みでVR的な体験をしていた、という話もこれまでの講座のエピソードでありましたね。浅草花やしきのビックリハウスのようなアトラクションも、体験の本質はVR、みたいな話を聞きながら、ディズニーランドもVR的な装置じゃないか?と考えたり。VRを単なるテクノロジーや技術ではなく人間に没入体験を提供するものだということが伝わった結果、概念とアーティストとの距離が縮まった気がします。
「NEWVIEW SCHOOL」は、VRやARをつくること自体を目的化するのではなく、表現手法として「XRである理由」を考えることを大切にしているのが特徴です。その背景には、XRはあくまで表現手法のひとつであり、本質的にはデジタル空間での体験をデザインする企画力が必要となるはずだ、という意図があります。
NEWVIEW SCHOOLでは、体験そのもののデザインや、企画力を磨く講義・課題が提示される。画像は、2022年度のプログラムにて講師である、コグニティブデザイナーの菅俊一氏によって提示された「体験者が『ふりむく』ことによって生まれる、新しい体験をデザインする」というお題(STYLY MAGAZINEより引用)
VR技術やメディア概論だけではなく、「ストーリーテリング」のスキルそのものの向上を目指す授業も。画像は、脚本家・演出家の小御門優一郎氏による講義の内容(STYLY MAGAZINEより引用)
kaki メディアとはどういったものかを幅広く学べたと同時に、並行してテクニカルなこともちょっと実践できて、メディア概論とテクニカルな知識がシームレスにつながる授業設計になっていたと感じています。
岩倉 私は2020年からSCHOOLに関わり始めましたが、初年度の2019年からのわずか1年の間にも、XR表現の可能性を開拓しようとするアーティストが増えており、年度を重ねるごとにその傾向が強くなっています。
岩倉 SCHOOL立ち上げ当時からみると、受講者が目指す表現もどんどん更新されていっている印象です。はじめは、「現実世界にあるものがデジタル空間上の3Dで表現されたらおもしろい」「現実世界に、そこにあるはずのないものが出てきたらおもしろい」という着想に留まっていた印象ですが、今では「自分はこういう映像や音楽が好きで、XRだけじゃなくて3Dもつくたい」とか、具体的なリファレンスを持って受講している人が増えています。
学習と実践を繰り返し続けて、少しずつVRが仕事になっていった
── NEWVIEW SCHOOLでは挫折の中で卒業制作をつくった、と語るkakiさんですが、その後もVRという手法でアート制作を続けられたのはどんな理由が?
kaki やっぱりSCHOOLで手を動かす中で、楽しいっていう気持ちがあって。3DCGは2Dのグラフィックとは全然違う見え方になるのがおもしろかったし、それをVRで表現できることが楽しかった。授業の中だけで納得するものをつくるのは難しかったので、SCHOOL卒業後もとにかくVR作品をつくり続けていたんです。
そうしたら2020年の2月に、ようやく自分が納得する卒業制作のようなものがつくれて。その作品を友だちのアーティストが呼んでくれた展示会で体験してもらう機会があり、そこでいろんな人とつながることができたりもして、アーティスト的な振る舞いの第一歩を歩み出せた感覚がありました。その経験は今も活動を続けられていることにつながっています。
またその頃は、就活にも失敗して「人生終わりだ」って思っていたんですけど。運よくPsychic VR Labに拾ってもらったことも大きかったですね。ライターのアルバイトを募集しているからやらないかと声をかけられて、記事を制作することに。
岩倉 STYLY Magazineの記事を書いていたよね。
kaki 記事を書くうえでは、自分が知らないプログラミングの知識も必要で。そこはPsychic VR Labの皆さんにゼロから教えてもらっていました。プログラマーからすると当たり前に知っていることでも、自分にとっては当たり前じゃないことってたくさんあって。それを同じようにわからない人に向けて解説する気持ちでつくっていたら、どんどん知識も増えていきました。
と同時に、世の中はコロナ禍で映像を求める人が増えていて。音楽業界もライブができない状況の中でしたから、知り合いのアーティストに対して、XRの手法を活かしたミュージックビデオのグラフィックを制作・配信していたんです。僕がやりたいからやらせてほしいとお願いして、Psychic VR Labのアルバイトと並行してつくっていました。そういうことを続けていたら、ようやく手に職がついた状態になれたという感じです。
2022年12月には「NEWVIEW ULTRA XR LIVE」のパフォーマンスアーティストとして、バーチャルYouTuber・キズナアイの「歌唱特化型AI」として生まれた#kzn(キズナ)とコラボレーションし、渋谷スクランブル交差点でのXRライブを開催。演出をkakiさんが手がけた
アーティストとプロジェクトが「共に育つ」ロールモデルとして
── kakiさんは、NEWVIEW CYPHERにも関わられてきたんですよね。
室 NEWVIEW CYPHERは、「ファッション」「ミュージック」「グラフィック」という3つの切り口で現代のカルチャーを体現するアーティストを集めて、彼らにXRという表現手法を使ってもらうことで、一緒に実験的作品をつくるという実験的なコミュニティ活動です。kakiくんには2021年にアーティストのキュレーションをしてもらいました。
kaki キュレーターとして入ってみて、改めてXRにすごく可能性を感じましたし、刺激を受けましたね。たとえばファッションの領域のアーティストが、VRを視覚情報として提供するのではなく、服に体を包まれるような身体的な情報として提供しようとするアプローチなんて、すごくおもしろいと感じました。各々が得意とする表現をXRとかけ合わせてどのように再構築するのかというプロセスを見る過程で、自分にもフィードバックがありましたね。
また、僕自身がアーティストとコラボレーションをする時のディレクション能力も身についたように感じています。このアーティストだったらここが得意で、こっちは得意じゃないかもと想像する力も養われました。
室 僕らからすれば、kakiくんはNEWVIEWのプロジェクトをきっかけに、XRという表現手法を獲得し、アーティストとして活動の幅を広げて成功した、ひとつのロールモデルみたいな存在です。
岩倉 そうですね。「kakiさんの授業を受けたくてSCHOOLに参加した」という方も少なくないので。
室 「XRで表現するアーティスト」という、今までほとんど選択肢になかったキャリアを、早い段階で示してくれたのは大きかったと思います。。先駆的な存在がいたこともあってか、SCHOOLやCYPHERに参加したアーティストからは、プログラムを通じて表現のバリエーションにXRが増え、XRを始めたことにより新しい仕事の選択肢が増えたという嬉しい声ももらっています。
カルチャーの現場から、XRのイメージを更新する
── NEWVIEWは音楽や映像、ファッションなどの領域で新しい体験をデザインするクリエイター、アーティストを増やし、彼らがつくったものから社会の様々なシーンが盛り上がっていくのを後押ししている印象を受けます。
kaki 僕がVRに興味を持ち始めた2010年代後半くらいって、XRを取り巻く社会のムードは、エンジニアやプログラマーが好きなもので、ギークっぽい、という空気感でした。だけど、僕はエイフェックス・ツインのライブを見て商業的にも可能性に溢れているものだと思っていたから、オタク的なものではなく、かっこいいものをつくりたいと思っていたんです。かっこいいものをVRで表現することが、グラフィックやアーティストのMVをつくるうえでも大事だと思っていました。
本当は音楽界隈でも、ハウスやテクノをやってる人たちと親和性が高いはずなんですけど、ほとんど誰もやっていなかった。だから、自分がやっちゃおうって。そうしたらアーティストのMVとかをつくらせてもらうことができ、結果、20代前半のラッパーやクラブミュージックをつくっている人たちが持っているムードを、XRでリアルな感覚として提示できたのかなと思います。
そういう活動を続けていると、2021年頃から、だんだんとUnityやBlenderを使う人も増えてきたから、僕自身は今度はみんながまだVRでやっていない、身体を使ったパフォーマンスをしよう!という発想になっていって。
電子音楽とデジタルアートの祭典・MUTEK.JP 2021では、VRゲームのオーディオビジュアルパフォーマンス作品を発表しました。従来のオーディオビジュアルは、基本的に「パソコンに向かい合って何かをする」という、身体性が伴わない表現ですが、この作品はゲームを進めていく中でプレイヤー(=表現者)が何かにぶつかると衝突音が生成されるなど、身体と音楽、映像と詩が融合したパフォーマティブな作品になっています。
室 kakiくんの言うように、XRをギークに寄らせるのではなく、音楽をはじめ様々なカルチャーへと開いていって、新しい表現の可能性やカルチャーシーンをつくるというのは、NEWVIEWが立ち上げの頃から大切にしていることで、プロジェクトの由来にも通じるんです。NEWVIEW CYPHERとしても、翌年にMUTEK.JP 2022での作品発表や渋谷PARCOでのイベント開催など、カルチャーとしてのXR浸透のためのプログラムをいくつか展開していますね。
MUTEK.JP 2022ではNEWVIEW CYPHER参加アーティストであるLuna WoelleとRisako Nakamuraに加え、楽曲制作パートナーにドイツ・ライプツィヒを拠点とするアーティストtibslc、ダンサーに舞踏家 / 女優 であるKana Kittyを迎えたチームでパフォーミング・アートを披露。©︎ Shigeo Gomi
XRを身近なカルチャーとして届ける、NEWVIEW CYPHERで開催した渋谷PARCOでのワークショップ&マーケットイベント。クリエイティブディレクション:BORING AFTERNOON
kaki SCHOOLに参加する直前までは、みんなプログラマーで音楽の話とかできないのかも……と実はちょっと不安でした。でも会場に行ったら、アメリカで活躍するエレクトロニック・ミュージシャンのワンオートリックス・ポイント・ネヴァーのアルバムが置いてあって。NEWVIEWの根本はそこにあるんだ、と嬉しく思いました。
NEWVIEWが盛り上がり、広がり続けている理由も、カルチャーにフォーカスしているというのが大きいと思っています。XRってまだまだ産業利用やナード的なものに寄りがちで。もちろんそれはそれで意義があるし、個人としてはニッチなカルチャーもおもしろいと思いつつ、もっと開けたものにするためには、やっぱり音楽やファッションといった文化的なものに結びつけようとするのが大切だと思います。そこにアプローチして生まれた表現が、受け取る側に「こういうのもアリかも」と捉えてもらえたら、また新しい表現が生まれていくでしょうし。
岩倉 NEWVIEW SCHOOLは2023年度で5期目になりますが、NEWVIEW全体として「カルチャー表現としてのXR」を追求し、シーンを醸成してきたからこそ、今の応募生のなかには、「ファッションが好き」「MVの表現を探りたい」といった関心を持っている方がとても多いんです。彼らと実験的にでも、新しい表現の旗印になるような、「いま一番イケてるXR」の表現を一緒につくっていきたいな、と思っています。
室 そうですね。僕は2年目から運営に携わり、気づけば関わってきたアーティストは総勢60名を超えています。今ある表現やカルチャーシーンに停滞することなく、常に新しい可能性を探る彼らと、一緒に表現を開拓していけるような関係性を築いていることが、何よりうれしいことだなと感じています。
今までNEWVIEW CYPHERは実験活動の側面が強かったけど、今後は生み出される「アウトプット」がいっそう大事だな、と。より洗練されたチームを生み出して、XRのことをまだよく知らない人が見たときに「XRってスゲー!」と感動させるようなアウトプットを一緒につくれたら、最高ですね。